「れいわ」劇場の終演
- 信彦 首藤
- 7月12日
- 読了時間: 8分
更新日:4 日前
れいわ新選組の山本代表は今年1月に参議院議員を突如辞職した後も代表職にとどまっていたが、内外の批判を受けて、7月9日に記者会見を行い、代表辞任・次期代表選指示と党名の名称変更を声明した。小政党の離散はよくあることで、共和党としては、特段これを批判や評価することは避けたいが、マスコミ報道を含め、問題の本質からずれた論調が多いので、ポピュリズムに毒された現代政治の病理を解明する意味でも、記者会見当日語られなかった論点について考察したい。
第一に、山本太郎氏の代表辞任の根拠である。昨年10月9日の69キロ超のスピード違反、結果としての9万円罰金と90日免停の行政処分を重く見てということらしいが、制度的・行政的懲罰は別として、はたしてこれが国会議員数名を要する公党代表の責任の取り方か?という点では疑問が残る。大事故や惨事を引き起こしわけではなく、モラルに反する行為を反省するなら、伝統的対応として山本氏が深く反省し、歳費一部返上、頭を丸めて山に籠るというレベルの話だろう。
本来は、代表辞任より、まず参議院議員辞職の際に、多くの支持者そしてれいわ新選組に投票した国民に対して、謝罪や責任の示し方があったはずだ。選挙で選ばれた公職である議員の辞職は小政党代表の辞任よりずっと重いはずだ。事実、議員辞職以降、れいわ新選組への失望や不満は爆発的に増大し、党勢があっという間に萎えてしまった。それは党勢衰退だけでなく、「新しい政治の潮流」を期待する国民層への裏切りであり、それを回復する努力こそが、党の代表に求められる責任ではなかったのか?
今回の代表辞任では、スピード違反の行政処分が確定したことが理由となっているが、今年1月21日の参議院議員辞職では、血液のガンの一種である「多発性骨髄腫」の一歩手前(前ガン状態)と診断され、治療に専念するため参議院議員辞職を余儀なくされたと表明されている。この矛盾に対するマスコミ側の追及はきわめて甘かった。
第二に、会見ではスピード違反に対する謝罪があったが、それは別に今年4月20日の公式処分を待つ必要など無かった。事実が露見し、年末までに対応が完了すれば、大きな政治リスクにならなかったはずだ。事実、スピード違反を軽く考えていたから、12月には代表選挙を実施して山本氏が三選されたのだ。
問題はれいわ新選組を支援し、新しい政治潮流を期待し、参議院選挙では山本代表とれいわ新選組に投票した国民への説明が十分ではないことだ。劣化する日本政治と停滞する日本社会の問題を解決してもらおうと、何百万の国民が選んだ政治家がはたしてスピード違反処分確定などで辞任して良いものだろうか?国会議員の責務はその程度のものなのか?スピード超過という規律違反は国会議員辞職に匹敵するというなら、その実行者である山本氏はなぜ同時にれいわ新選組代表をその時点で辞任しなかったのか?
一般論として、これまで幾多の議員辞職を見てきた者としては、参議院議員辞職は道交法違反などではない、何か別な重大違反や犯罪行為が問われた可能性を否定することはできない。
第三に山本氏代表辞任の根拠は血液の前ガン状態で、精神的肉体的にストレスのある政治活動が続けられないとのことだが、誰しも思うのは、そのような健康状態でなぜサーフィンが続けられるのかということだろう。知人の話などを聞くと、朝4時ごろ暗いうちから海に出て、冷たい海水の中、一日中ひたすら海上で大きな波を待ち続けるという苛酷で危険なスポーツに思える。
山本氏は自分以上に肉体精神ともぎりぎりまで働いた者はいないという自慢感覚だろうが、世間には営業・販売促進・医療・工事などで政治よりもはるかに厳しい現場がある。また政治活動でも、舞台や音響施設などはなく、スラッフも無く、たった一人で街角に立って終日街宣する政治活動家は山ほどいる。単なるガン化する可能性だけで、参議院議員を辞職するのは考えにくい。
また公職たる政治家の場合、病気の可能性などの個人的健康状態も公開が求められることがある。政治家が任期途中で職務放棄になれば、その任期満了を前提に投票した国民を裏切ることになるからである。そして公表された健康診断書はその作成者の医師が公開で説明する必要がある。アメリカ大統領選などでも医師の診断書が公開される。第二次世界大戦末期に死亡したルーズベルト大統領は超高齢だったが、大統領選の前に健康診断書を公開し、こんな高齢でもセックスができるなどと医療情報どころか個人情報まで明記されていた。それでも彼は任期途中で突然死し、結果、登場したトルーマン大統領が原爆投下を了承した。政治家の肉体および精神の健康状況は、かくも重要なはずである。それは国民に正しく伝えられなければならない。
山本氏が、健康上の危惧を理由に公職を辞すならば、本人が勝手に怪しげな医療知識を振り回して話すのでなく、きちんとした権威ある病院と責任のある医師による健康診断書の公表と健康上政治活動が続けられない旨の専門的説明が必要なはずだ。
第四に、会見で山本氏は代表を辞任すると同時に、「れいわ新選組」という党名も捨てると明言した。それは不思議なことで、れいわ新選組という名称を存続させるのか改変するのかは、あくまで選挙で選ばれた新代表が決定することだ。党名は個人の所有物ではなく、公党の名称として登録されているのだから、それを変更できるのは新代表以外にはない。まさか、新しい政党名の腹案を山本氏が考えているとか、その山本氏の胸中にある新党名を採用することが決まっている新代表が代表選挙で選ばれることになっているのだろうか?不思議な感じがする。
第五に、スピード違反以上に、深刻な問題は「秘書給与」流用問題だ。山本氏は会見で、この問題は党の法律専門家である弁護士の「問題ない」という分析と指導で進めてきたので、法的違反となる要素は一切ないとの言明だが、それならば当然、党の顧問弁護士の文書による報告および公開説明がなければならない。それは当該弁護士の専門職としての責任ある説明であり、「弁護士というだれか」が言っていたという問題ではない。
日本では政治活動への一般国民からの献金が少なく、政治家や政党はますます税金を原資とする公的政治助成に頼る傾向が強い。そこから公設秘書の給与の一部を党活動に流用する手段が自発生的に出てきて、20年ぐらい前には与野党の多くの事務所でそのような処理が行われた。しかし、いまや、公設秘書手当の流用は厳しく禁止されている。
この問題と責任の所在を曖昧なまま残すことが出来ないのは、次の代表そして「新しいれいわ新選組」という政党にそのまま残される負債だからだ。山本代表の下で発生した公的政治助成の流用疑惑であるから、代表辞任の前に、きちんとした法的処理を行うべきであったと思う。
第六に、今後、れいわ新選組という名称が消滅するとしても、党が党是として主張し、選挙で票を獲得してきた「消費税廃止」というスローガンはどうなるのか?国会や街中でフリップやプラカードを見せても、立法府での立法趣旨や財源明記を含む独自法案は陽の目をみたのか?いや所詮少数野党だから何もできない。。。というのでは民主主義の自殺であって、国会の機能は巧みに活用すれば、たとえ少数や個人でも立法行為を働かせることができるはずだ。代表辞任しても、これまで党として出来たこと出来なかったことの評価は明文化して残すべきだろう。

最後に思うのは、れいわ新選組という政党は一体何だったのか?ということだ。腐敗と低迷の政界に、新しい風を吹き込むかのように宣伝されたミニ政党が、結局は立法府を混乱させただけで、政治の改革には貢献せず、むしろ国民に一層の政治不信や虚無感を増長させ、さらに保守政党と復古主義の跋扈を招くことに貢献した。
そう考えると、山本太郎氏のれいわ新選組という政党は、政治組織ではなく政界と政治の環境を利用した小劇団、芝居一座のようなものだったのではないだろうか?観客としては、それはそれなりに面白かったと評する向きもあるが、派手なスローガンやパフォーマンスだけが踊る一方で、低迷する経済、劣化する日本社会、緊迫化する世界情勢の中で日本が生き残る道を真剣に求める政治改革にはむしろマイナスであったと思わざるをえない。
政界引退後の山本太郎氏には、政治とは無縁な世界での活躍を期待したいが、それが自身の政治体験を活用した映画出演などにならないことを祈りたい。
最近、ヨーロッパを中心に、現代政治ポピュリズムこそが、現実世界の最大の脅威と考える思想家が多く現れるようになった。過去回帰・復古感情が現代情報社会の中でとんでもない妄想を生み、民主主義システムが無能な独裁政治指導者や「キング」を生みだすような状況、左右中道のポピュリズムこそが現代社会最大のリスクであることに気づく必要がある。ポピュリズムが蔓延する世界では、核戦争を止めることができないと主張する識者も出現している。
我々共和党も、「れいわ新選組」の誕生とその解体がもたらしたものをよく分析し、現代政治危機の状況の中で新しい一歩を踏みださなければならない。




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