中道改革連合の蹉跌と解体

9日の常任幹事会で中道改革連合(以下中道)の解体が決定した。政党交付金の受け皿だけを残し、立民系議員は新党、公明系は元の公明への復帰となる。1月の結党以来、これだけの大きな規模の政党が7か月で姿を消すのは永田町でも奇異なことだ。
なぜこのような醜態を演じることになったか、その説明は各紙報道や政治評論家にまかせて、今後の政局に資するために本質的な問題だけを指摘しておきたい。
最大の問題は2月8日の衆院選を中道が読み切れなかったことだ。高市首相は大方の予想を裏切って、1月23日国会冒頭で解散を宣言した。これは1966年以来じつに60年ぶりの異例解散だ。昨年末でもう高市政権は内政外交で追い詰められていた。。だから解散は出来ない・・ではなく、だから解散して一か八か賭けるしかなかった。
それを予想できなかった。。でなく、予想の努力を払わなかった中道は「最大野党」のぬるま湯メリットにどっぷりと浸っていたのだ。
この高市ブレーンの動きを動きを察知し、中道党首は全精力を動員して①全組織によびかけて総選挙態勢を構築②2009年の民主党のマニフェストをパクって、高市政権のオルタナティブとなる中道政策を打ち出し、広く国民に訴えるべきであった。
しかし、この松下政経塾の申し子ともいうべき野田氏は大物政治家ぶりをみせて、選挙になれば受けて立つ。。。という虚勢の構築しかしなかった。
中道改革連合の組織化自体には誤りはない。公明党まで包含する大合同は、おそらく野田氏の自慢の構想だったのだろう。ただそれが、3年後の衆院選ではなく、3か月後の衆院選になる。。という可能性について思いを馳せる能力は無かった。だから結局、選挙に間に合わせるには、両党の地方議員勢力の合意をとりつけ、参議院の協力を得て、大合同を成立させる時間がなかった。その結果、衆院選比例区をすべて公明党候補者に割り当てるという蜂蜜手段で衆院選直前に中道なるでっちあげ政党を作るしかなかった。最大野党のぬるま湯メリットにどっぷり浸っていた立憲民主党の党内はそれにあえて反対しなかった。
この方式の最大の欠点は、国民=選挙民に価値を訴えることができなかったことだ。これまで立民・公明の両党に投票してきた有権者はあぜんとし、情報から途絶し対応に苦慮した地方の有権者はななんと「チーム未来」に投票した。
結果は、公明党が比例で当選し、立民系議員は選挙基盤のしっかりしたベテラン議員までが落選した。もうそれを論じるのは死んだ子の歳を数えるのと同じで、意味がない。
重要なのは、敗戦の分析や敗走の苦労解説などではなく、この異常時にどう組織を立て直すか。。。もっと言うならば、この最悪の状況をどう次の政局までに立て直すかだ。
その意味で、四分五裂状態になった組織を立て直すリーダーが期待される。官僚出身者や労組議員、さらに最大野党をうまく利用して生き残ってきたベテランなどから有力候補を見つけ出すことはできない。必要なのは周囲すべて敵の中で戦う織田信長のようなファイターだが、いまの議員にそれを求めることは木に縁りて魚を求むのと同じかもしれない。次善策としては、老練政治家の言うように「苦しい時は、スカートの陰に隠れる」のが唯一の選択肢かも知れない。
最も避けなければならないのは、ポピュリズム政治に逃げることだ。一見、支持者が増えるようだが、国民も現在の状況がただならないことを知っている。そのような皮相的な人気を求める勢力は必ず破綻し、野党勢力の分散消滅に力を貸すことになる。
その意味で、中道の破綻と再生は日本政治そのものが直面している課題であり、この情況の中から新しい狂狷の指導者がでてくることを期待したい。




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