9月13日沖縄県知事選に想う
9月13日投票の沖縄県知事選で、自民党他保守勢力推薦の古謝玄太氏(42)が現職で実績ある玉城デニー氏(66)を14万7064票という大差で破って当選した。
デニー氏は民主党時代の同僚で良く知っているが、後に大発展を遂げ沖縄知事になるとは夢にも思わなかった。民主党政権時代に、これまで日本では登場しなかった人材が議員になった。その一例がカタカナの名前であり、元フィンランド人のツルネン・マルティさんと玉城デニーさんはその意味で、民主党時代を代表する新しい政治家だった。今回の選挙敗北は残念だが、それでも難しい時期に2期を務めあげた実績をむしろ高く評価したい。
デニー氏の敗因を膨大なSNSや誤情報拡散などによる個人攻撃にあるという分析も多く、それはまさにそれを可能にする巨大資源が保守勢力から投入されたことを意味するのであろうが、そのようなネガティブ情報だけで投票行動が大きく影響を受けたとは考えにくい。逆に若い候補者である古謝氏の家族総動員の訴えのほうが、感情的にまた効果的に多くの支持を集めたのではないだろうか?
沖縄も日本の一部であると考えると(当たり前だが)、住民の多くは日々直面する物価上昇や職の安定を危うくさせる経済不振や金利上昇などに強い関心がある。平和問題やウクライナやペルシャ湾の危機は深刻で重要だが、それ以上に、ガソリン価格や諸物価高騰はすぐ身近にある切実でリアルな問題なのだ。
むろんデニー氏は経済振興や福祉の充実、子供政策には実績もあり、それなりの支持を得られるのだろうが、やはり彼と支援者の中心課題は「沖縄の基地問題」のように捉えられている。しかし、これは沖縄の歴史と社会実態が関係する独特の基地問題だ。
米軍はとっくにラプコンを含め、基地の重心を嘉手納から岩国に移している。東アジア情勢の緊張を考えると、住宅地に囲まれた普天間基地も、いつ完成するかわからない辺野古基地も軍事的にはほとんど意味を持たない。まして極超音速ミサイルとドローンが中核の現代戦において、海兵隊の存在自体がレトロな遺物なのだ。要するに「沖縄の基地」は沖縄の問題であって、米軍の問題ではないのだ。
同様に、南西諸島へのミサイル防衛基地なども「沖縄の防衛」の問題ではなく、それを利用して、日本の軍備拡張を急速かつ大規模に進めたい自民党政権とアメリカ政府の方便なのだ。
だから、「沖縄の基地」問題は実はバーチャルな側面を持っている。それに対し、経済や日々の生活への脅威はまさにリアルな課題なのだ。それに力点をおいた候補者が有利に選挙戦を展開するのは当然であろう。
基地問題を選挙の中心に据えざるを得ないデニー氏にとって致命傷となったのは、選挙の半年前の3月に発生した辺野古沖抗議船転覆事件だ。海上抗議船の船長と同時に、修学旅行で乗船していた同志社国際高校の女子生徒が転覆事故により死亡した。この事件は、基地反対、平和運動の是非、危機管理体制、教員指導、文部省教育のありかたなど多面的な要素が絡み、常に新聞紙上そしてワイドショーにおいて取り上げられ、広範な関心の維持と同時に伝統的な基地反対運動への漠然とした不信感として表面化し、それがずっと選挙まで続いた。
問題は県知事選ではない。沖縄の未来である。過去最多と言われる42万3124票を獲得した古謝玄太氏は県民所得の倍増を公約として選挙戦を戦ったが、そんなことがもし可能なら県知事ではなく、直ちに日本国総理大臣に迎えるべきだ。
沖縄政治についてこれまで多くの政治家とも話してきたが、誰も沖縄の未来についてのビジョンを持っていない。経済振興と言っても経済の中心や産業集積地から離れた沖縄は流通面で不利であり、また確立したピラミッドのような自前の産業構造があるわけでもない。観光振興と言っても、東アジアで緊張が高まれば、観光業などは消滅する。むろん、日本に期待せず、近接する東南アジアや中国と経済圏を確立する構想と方策は可能だ。AIやロボットに期待することも選択肢だ。利権を無視し、すべてを電子化して行政コストを下げる必要がある。しかし、そのような思い切った政策こそ、彼の当選を支えた保守勢力の抵抗を受けるものに他ならない。

今回も沖縄県知事選挙もそうだが、もはや民主主義の一枚看板である「選挙」というものに、社会を構造的に変革したり、新たな進歩と展望を生みだしたりする可能性は全くないと言える。明確な将来ビジョンと、現実に展開可能な政策を持ち、どんなに犠牲を払ってもそれをやり抜く候補者=狂狷の人などは民主選挙では現れない。そのことこそが最大の問題であることを改めて教えてくれた選挙だった。




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